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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1867号 判決

控訴人 畜産振興事業団

右代表者理事長 岡田覚夫

右訴訟代理人弁護士 浦上一郎

同 横山茂晴

同 加藤一昶

被控訴人 破産者 新世乳業株式会社 破産管財人 長谷部茂吉

右訴訟代理人弁護士 春田政義

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じである(ただし、二一枚目表三行目に「すべつ」とあるのを「すべて」と、二三枚目裏三行目に「かの如く」とあるのを「かくの如く」とそれぞれ訂正する。)から、これを引用する。

一  控訴人の主張

本件出資持分の譲渡は、被控訴人が訴外三協乳業株式会社を相手方として提起した損害賠償請求訴訟における裁判上の和解においてなされたものであるところ、控訴人は、本件出資持分の譲渡承認によって訴外会社が破産者新世乳業株式会社の控訴人に対する求償債務を承継する旨の原判決の見解を前提に、昭和五一年八月二日、訴外会社に対し、原判決が確定すれば控訴人から訴外会社に対し求償債権の支払を請求せざるをえないから了承されたい旨を通知したところ、訴外会社は、控訴人に対し、同月六日付書面をもって、右和解の両当事者とも出資持分の譲渡によって求償債務を引受けるとは毛頭考えずに和解したのであるから、もし求償債務を引受けるのであれば、和解は要素の錯誤により無効であると考える旨を通知するとともに、被控訴人に対しても、同日付書面をもって、右と同趣旨の意思を明示した。

従って、かりに、原判決のような求償債務が承継されるとの見解を前提とするときは、右裁判上の和解が求償債務の承継が生じないことを前提としてなされている以上、右和解による出資持分の譲渡は、要素の錯誤によって無効であることは明白であるから、被控訴人は、本件出資持分の譲渡承認を請求する法律上の利益を有しないといわねばならない。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の主張事実中、被控訴人が訴外会社を相手方として提起した損害賠償請求訴訟において裁判上の和解がなされたことは認めるが、本件出資持分の譲渡が要素の錯誤によって無効である旨の主張は否認する。

2  破産は、本来すべての契約関係の終了原因であるはずであるから、控訴人の破産会社に対する求償債権も破産による清算に服すべきであり、その清算の時点において、本件出資持分の譲渡により一時出資者でない破産会社に対する求償債権が残ったとしても、破産会社は、結局、破産の終了によって消滅することになるので、控訴人が一時出資者でない破産会社に対する求償債権を有する状態は、破産清算による一時的現象に過ぎず、法の趣旨に反するものではない。

そして、法は、出資持分については控訴人がこれを取得することも、質権の目的とすることも禁止し、出資持分に担保的機能を営ませることを認めておらず、又、控訴人の求償債権が一般更生債権として単なる破産債権に過ぎないものであり、本件破産財団の現状が会社更生法第二四条によって財団債権とされる更生手続開始後に生じた共益債権に対しても全額の弁済ができない実情にあって、破産債権である控訴人の求償債権が財団債権である共益債権に優先できないことは明らかであるが、仮に、本件出資持分の実体が控訴人主張のように控訴人が解散した場合の残余財産分配請求権であるとしても、かかる残余財産分配請求権は破産宣告後の将来の立法によって始めて生ずるのであり、控訴人が破産債権である求償債権と破産会社に対する残余財産分配債務とを相殺できるはずはなく、結局、控訴人はその解散時、破産会社に残余財産を分配し、これを財団債権である共益債権の弁済に充てざるをえないのであるから、控訴人が求償債権を回収できる途は全くなく、本件出資持分譲渡承認の拒否によって実質的利益を受けることはないのに反し、被控訴人にとっては、本件出資持分は破産債権に優先する財団債権の弁済に充てるためには正に換価々値を有するのであるから、控訴人が何らの利益を有しないにもかかわらず、本件譲渡承認を拒否して破産による清算の終了を妨げることは、承認権の乱用であって許されるべきではない。

三  証拠≪省略≫

理由

一  新世乳業株式会社(以下破産会社という。)は、昭和四七年二月二九日、東京地方裁判所において破産の宣告(同裁判所昭和四七年(フ)第二七号事件)を受け、同日、被控訴人が破産管財人に選任されたこと、控訴人は、畜産物の価格安定等に関する法律(以下単に法という。)に基づき設立された法人で、法第一二条に定める目的を有するものであること、破産会社は、控訴人に対し、出資持分一二四口額面合計金一、二四〇万円(出資一口の金額金一〇万円)を有すること、被控訴人は、乳業者であって出資持分の譲受について適格を有する三協乳業株式会社(以下訴外会社という。)に対し、破産会社の控訴人に対する右出資持分を譲渡しようとして、昭和五〇年一〇月一六日、控訴人に対し、右出資持分譲渡についての承認を申請したこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、控訴人が、本件出資持分譲渡申請について承認する義務があるか否かを判断する。

控訴人たる畜産振興事業団(以下事業団という。)は、乳業者等の経営に要する資金の調達の円滑化及び畜産の振興に資するための事業に対する助成等を目的として設立された非営利特殊法人であって、その資本金は各勘定毎に別途経理されているが、債務保証勘定におけるそれは、政府と乳業者等の出資によってまかなわれ、その収入は出資金の利息と保証料(成立に争いのない乙第二号証の業務方法書第五四条によると、原則として年〇・七三パーセント)に過ぎないので、事業団の出資金を充実し、これを確保することは、事業団存立の基礎であることが明らかである。法第一九条は、「事業団は、出資者に対し、その持分を払いもどすことはできない。事業団は、出資者の持分を取得し、又は質権の目的としてこれを受けることができない。」と規定し、右の趣旨を明らかにして、出資にかかる資本金を充実し固定化させるべきことを企図している。法は、このように出資者に持分の払いもどしを認めず、従って脱退の自由を認めないのであるが、その代替的機能を果たす制度として出資持分の譲渡の制度を用意し(第二〇条)、右譲渡を事業団の承認にかからしめている(第二一条)。

法のかかる態度は、法の右趣旨、即ち資本金充実の原則ともいうべきものを持するためにほかならないから、事業団が出資持分の譲渡について承認をするか否かは、譲受人の資格の有無の審査は当然として、さらに当該譲渡が右資本金充実の原則にもとらないか否かによって決すべきであると解するのが相当である。しかるところ、

1  出資者が事業団との保証契約にかかる債務を負担し、或いは事業団に対し求償債務を負担している場合に、これらの債務等について弁済等の方法をとることなくなされる出資持分の譲渡が許されるとすれば、非営利事業を目的とし、出資金をその存立の基礎としている事業団にとっては、資本金の実質的減少を来たし、存立の基礎を失うような結果を招来しかねないので、かかる場合の譲渡承認は、右の原則にもとるものであることは明らかである。

2  さらに、法第三八条第一項第五号には、事業団の行うべき業務として「出資者が銀行その他の金融機関に対して負担する債務の保証」と定めていて、債務の保証は、出資者に対してのみ行うものとされ(なお、前掲乙第二号証の業務方法書第四一条によると、被保証人となる資格を有する者は、法第六条第二項各号の一に該当し、かつ、事業団に対し出資している者であるとされている。)、右保証関係が継続している間も、出資者であることが当然に要請されているというべきであるから、債務の保証を受けている出資者が持分譲渡により出資者たる地位を離れて、事業団が出資者でない者の債務を保証する状態が生ずることを許すとすれば、それは、恰かも事業団が出資者でない者に対して債務を保証することに均しい結果となり、そもそも事業団の目的に反するといえるばかりでなく、資本充実の原則は、全く没却されてしまうものといわねばならない。そして、この理は、事業団が求償債権を有している場合も同様である。けだし、出資者が求償債務を負担するのは、保証契約にかかる債務を負担している場合と同一視すべきであるからである。

これを本件について考えてみる。

控訴人は、破産会社が金融機関からその所要資金を借り入れるに際し、破産会社のため昭和三七年五月一九日から昭和三九年一〇月三一日までの間に合計金一億二、五〇〇万円の債務保証をなしたこと、しかるに、破産会社は、昭和三九年一二月二三日、更生手続開始決定を受けたので、控訴人は、昭和四〇年七月五日から同年一〇月一五日までの間に、その保証債務を履行し、結局、同年一〇月一五日当時、破産会社に対し、一億六六九万七六一円の求償債権を取得し、現在なお、金一、七二三万二、五七二円の未回収の求償債権を有すること、以上の事実は、弁論の全趣旨により当事者間に争いがない。

ところで、法第二一条第三項は、「出資者の持分の譲受人は、その持分について譲渡人の権利義務を承継する。」旨規定し、持分の譲渡によって、事業団に対して有する出資持分につき権利義務の一切を包括的に承継することを定めたが、反面、右権利義務以外の権利義務の承継までをも含むものとはしていないから、右規定によっては、破産会社の訴外会社に対する本件出資持分の譲渡により破産会社の事業団に対する求償債務が訴外会社に承継されることはなく、又、本件出資持分の譲渡には、事業団に対する求償債務の引受を含むものではない(この点については≪証拠省略≫によって認められる。)から、本件出資持分の譲渡は、先に検討したとおり、法の趣旨に反し、控訴人は、これについて承認を与える義務はないものというべきである。

なお、このことは、出資者が、破産の宣告を受け破産手続が続行中であることをもって変更すべき合理的理由を見出しえないから、本件譲渡承認の拒否は、破産による清算の終了を妨げ承認権の乱用である旨の当審における被控訴人の主張は、採用の限りでない。

三  以上によると、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であるから、これを取消し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

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